白いフレッシュチーズと、やわらかな白カビチーズ、薄く削って料理に散らす硬いチーズ。売り場では別々の棚に並ぶような三つのチーズが、いずれも牛の乳から作られることがあります。同じ原料なのに、どうしてここまで姿が変わるのでしょう。
答えは、牛乳に含まれる成分を、どのように集め、どのくらい水分を残し、その後どう変化させるかにあります。チーズづくりでは、白い液体の中にある小さなたんぱく質の集まりが、切り分けられる塊へと姿を変えます。
そこへ乳酸菌や酵素、塩、時間が加わることで、食卓で出会うさまざまなチーズになります。
一方、原料の牛乳も、どれも同じではありません。牛の品種や食べるもの、乳を搾る時期、工房での扱い方によって違いがあります。牛乳を知ることは、チーズの名前を覚える前にも、好きなチーズをさらに知りたいときにも役立つ、身近な入口です。
白い液体の中に、チーズの材料がそろっている

「牛の乳」と、パックに書かれた「牛乳」
チーズの紹介で「牛乳製」と書かれているときは、通常、山羊乳や羊乳などと区別して、牛の乳を使っていることを表します。今回はこの意味で牛乳という言葉を使います。
ただし、日本の飲用乳の容器にある種類別「牛乳」は、原料の動物を示すだけの言葉ではありません。生乳を原料にし、成分を調整せずに作るなどの条件を持つ、商品の区分です。成分調整牛乳、低脂肪牛乳、加工乳、乳飲料とは区別されています。
つまり、チーズに使う「牛の乳」の話と、スーパーで買う商品の「種類別」の話は、分けて考えるとわかりやすくなります。工房では、そのチーズに合うように脂肪分を調整する場合もありますし、未殺菌の乳を使うものも、殺菌した乳を使うものもあります。
「牛乳製」という説明だけで、そのどちらかを判断することはできません。
チーズの原材料欄に「生乳」と書かれていても、それだけでは製造前に殺菌していないことを意味しません。何を原料にしたかと、その原料にどんな処理をしたかは別の情報だからです。未殺菌乳を使った製品かを知りたいときは、商品説明や製造者の案内まで確かめます。
チーズの骨組みになるたんぱく質
牛乳の大部分は水です。その中に脂肪、たんぱく質、乳糖、ミネラルなどが含まれています。見た目は均一でも、すべての成分が同じように溶けているわけではありません。
チーズづくりで中心となるたんぱく質が、カゼインです。牛乳のたんぱく質のおよそ八割を占め、小さな集まりを作って乳の中に分散しています。この集まりは「カゼインミセル」と呼ばれます。目には見えない大きさですが、牛乳の白さにも関係しています。
チーズを作るときは、このカゼインをつなぎ合わせて、脂肪や水分を抱え込む網目のような構造を作ります。白い液体がまとまるのは、単に脂肪が冷えて固まるからではありません。バターとチーズが似た色をしていても、口当たりや料理での振る舞いが違う理由の一つは、こうした構造の違いです。
乳脂肪は、チーズの口当たりや風味を形づくる大切な成分です。ただし、脂肪が多ければ必ずよいチーズになる、という関係ではありません。やわらかく仕上げたいのか、切りやすい組織がほしいのか。
作りたいチーズに対して、たんぱく質との釣り合いを考える必要があります。
乳糖は乳に含まれる糖で、乳酸菌が働くための材料になります。カルシウムなどのミネラルも、カゼインの構造や固まり方に関係しています。栄養表示では別々の項目として目にする成分が、チーズづくりの中では互いに影響し合っているのです。
牛乳を固めると、残るものと流れ出るものが分かれる

乳を固めたものを「凝乳」といい、チーズづくりでは「カード」という言葉も使います。そして、そこから分かれる液体が「ホエイ」、日本語では乳清です。この二つに分かれる場面は、牛乳がチーズへ変わる大きな節目です。
酵素と酸、二つの働きを使い分ける
多くのチーズでは、レンネットと呼ばれる凝乳酵素を使います。酵素は、特定の化学変化を進める働きを持つものです。レンネットに含まれる酵素がカゼインの一部に作用すると、それまで離れていた集まりがつながりやすくなり、乳全体にまとまりが生まれます。
もう一つの方法は、乳を酸性にして固めることです。乳酸菌が乳糖から乳酸を作る方法や、食用の酸を加える方法があります。レンネットによる凝固と、酸による凝固は、同じ仕組みではありません。実際のチーズづくりでは両方の働きを組み合わせ、配分や進み方を調整することもあります。
乳酸菌は、酸味を付けるだけの存在でもありません。どの菌を選び、どんな温度で働かせるかによって、発酵の進み方や風味づくりが変わります。製造のきっかけとして加える微生物の培養物を「スターター」と呼びます。工房で温度や時間を細かく管理するのは、菌に任せきりにせず、目指す状態へ導くためです。
水分をどれだけ残すかで、食感の行き先が変わる
固まった乳を切り分けると、ホエイが出やすくなります。一般に細かく切るほど水分が抜けやすくなり、さらに攪拌や加温、型詰めなどの工程で状態を整えます。圧搾するチーズもあれば、自重でゆっくり水分を切るものもあります。すべてのチーズを同じ強さで押し固めるわけではありません。
ここで重要なのは、「水分を抜けば抜くほど上等になる」という話ではないことです。みずみずしさを楽しむチーズには、その食感を支える水分が必要です。反対に、薄く削ったり、ほろりと割ったりする硬いチーズでは、それに合う組織を作ります。完成品の違いは、熟成庫に入る前から準備されています。
切り方だけを変えれば、あらゆるチーズを作り分けられるわけでもありません。凝乳の状態、酸の増え方、温度、その後の塩の加え方などを組み合わせて、必要な水分と組織に近づけます。レシピに「静かに混ぜる」「しばらく休ませる」といった指示があるとき、その間にも乳の状態は変わっています。
液体が固まった瞬間だけでなく、固まったものをどう扱うかにも、チーズづくりの技術があります。
また、ホエイは単なる水ではありません。乳糖やホエイたんぱく質、水に溶ける成分などが含まれます。乳の成分すべてが、そのまま同じ割合でチーズに残るわけではないのです。そのため、牛乳の成分表をそのまま何倍かしても、チーズの成分表にはなりません。
「牛乳一リットルからチーズは何グラムできるのか」という疑問にも、一つの数字では答えられません。原料の成分に加え、どれだけ水分を残すかで完成重量が変わるからです。水分を多く含むチーズと硬いチーズを、出来上がりの重さだけで比べると、製法の違いを見落としてしまいます。
乳を加工することは、傷みやすい食品を別の形で利用する手段でもありました。水分を減らすこと、酸や塩を利用することは保存性に関わります。ただし、チーズになれば一律に長持ちするわけではありません。保存食としての役割と、手元の商品をどう保管するかは、区別して考える必要があります。
同じ牛乳でも、牧場が変われば出発点が変わる

チーズの説明に牛の品種や飼料が登場するのは、牧場の風景を添えるためだけではありません。乳は工場で一定の配合に組み立てた原料ではなく、牛の体から生まれるものです。品種、食事、泌乳の段階、季節などによって成分が変わります。
乳量の多い牛、脂肪分の高い乳を出す牛
白黒模様でなじみのあるホルスタインは、乳量の多さが特徴の品種です。一方、淡い褐色のジャージーは比較的小柄で、一般にホルスタインより乳脂肪分の高い乳を出します。ブラウンスイスも、乳のたんぱく質などの特徴からチーズ加工との関係で紹介される品種です。
同じ量の乳を扱っても、含まれる脂肪やたんぱく質が違えば、チーズづくりの条件は変わります。だからといって、ある品種だけがチーズに向き、別の品種ではよいものを作れないという意味ではありません。乳の性質を把握し、その乳に合う製法を選ぶことが大切になります。
品種名を知ったら、それだけで味を予想して終わりにせず、どんなチーズに仕立てているかまで見ると面白くなります。脂肪分の高い乳を使う場合でも、水分の残し方や熟成によって口当たりは変わります。
「ジャージー乳だから、この味になる」と一本の線で結ぶよりも、作り手がその乳をどう生かしたのかを読むほうが、製品の個性に近づけます。
牧草の季節は、チーズの色にも関わる
牛が食べるものは、乳の脂肪の組成や色などに影響します。牛乳の脂肪に含まれるカロテノイドという色素は、黄みの要因の一つです。飼料や季節による変化が、チーズの色の違いにつながる場合があります。
ただし、黄色いチーズを見ただけで、放牧乳だと決めることはできません。着色料を使う製品もあり、水分や熟成状態など、見た目に関わる条件はほかにもあります。色は観察の手掛かりにはなりますが、生産方法を証明するものではありません。
「草の香りがする」「花を思わせる」といったチーズの説明も、牧草の香りがそのまま移ったという意味だとは限りません。熟成中には新たな香り成分が生まれます。土地と味の関係を知りたいなら、飼料、乳の扱い、製法、熟成を続けて見る必要があります。
これは旅先でチーズを選ぶときにも役立ちます。牧場のチーズなら、どの牛の乳を使うのか。季節限定品なら、何が季節によって変わるのか。説明の具体的な部分に目を向けると、「その土地らしい」という言葉の中身が少しずつ見えてきます。
実際の条件を知ることで、景色と食べ物のつながりを想像する楽しみも生まれます。
工房に届いた乳は、熱のかけ方でも変わる

牧場から来た乳を、どのようにチーズづくりへつなぐのか。ここで知っておきたいのが、殺菌と均質化です。どちらも牛乳の説明に出てくる言葉ですが、目的も方法も異なります。
殺菌は、温度だけでなく時間との組み合わせ
乳の加熱殺菌には、比較的低い温度で時間をかける方法や、高い温度で短時間処理する方法があります。日本の飲用乳でも、低温保持殺菌、高温短時間殺菌、超高温瞬間殺菌などが使い分けられています。「加熱したか、していないか」だけでなく、温度と時間を組み合わせて考える処理です。
加熱は微生物を減らす一方、乳のたんぱく質の状態にも影響します。特に強い加熱を受けた乳は、レンネットで狙いどおりのカードを作りにくくなる場合があります。したがって、飲んでおいしい牛乳なら、どんなチーズにも同じように使えるとは限りません。
家庭のチーズづくりで牛乳の種類が指定されているときには、その指定にも理由があります。
レンネットで固めるレシピと、加熱して酸を加えるレシピでは、重視する条件が違います。うまく固まらなかったとき、すぐに酵素や酸の量を増やすのではなく、まず使用した乳がレシピの条件に合っているかを確かめると、原因を整理しやすくなります。
ここでの加熱の話は、牛乳の栄養価の優劣を決めるものではありません。飲用に適する処理と、特定の製法で狙った組織を作る条件は、別の問題です。
均質化は、脂肪の粒を細かくする処理
牛乳の脂肪は、小さな粒として乳の中に分散しています。その粒を機械的に細かくし、クリームが分離しにくくする処理が均質化です。「ホモジナイズ」とも呼ばれ、均質化していない乳は「ノンホモ」と表示されることがあります。
ノンホモだから未殺菌、という意味ではありません。殺菌は主に微生物への対処、均質化は脂肪の粒の扱いです。片方の表示から、もう片方を読み取ることはできません。チーズ用の乳でも、どのような組織や風味を目指すかによって、こうした処理の選択が変わります。
未殺菌乳を使うチーズと殺菌乳を使うチーズを、「手仕事と大量生産」「おいしいものと平凡なもの」のように分けることもできません。原料の管理、菌の使い方、製造、熟成の条件が重なって、最終的な品質になります。
衛生面では、乳の扱い方だけでなく、製造後の汚染を防ぐことや保存条件も重要です。妊娠中の人、高齢者、免疫機能が低下している人は、加熱せずに食べるナチュラルチーズなどのリステリア対策について、公的な案内を確認してください。冷蔵していてもリステリアが増える場合があり、期限と保存方法を守り、開封後は早めに食べることが大切です。
売り場では「牛乳製」の先を読む

牛乳が原料だとわかっても、そのチーズの味や使い道がすべて決まるわけではありません。次に見ると役立つのは、水分の多いタイプか、どんな熟成をするのか、料理では何を期待できるのか、という情報です。
熟成で、乳の成分が別の表情を見せる
熟成中には、乳にもともと含まれる酵素や、製造時に加えた酵素、微生物が作る酵素などが働きます。たんぱく質はより小さな成分へ分かれ、脂肪にも変化が起こり、それらが食感や風味につながります。熟成とは、単に乾燥させたり、長く置いたりすることではありません。
だから、牛乳製チーズを一律に「穏やかな味」と説明することはできません。フレッシュなタイプと、熟成による香りを持つタイプでは印象が変わります。同じ名称のチーズでも、生産者、熟成期間、保存状態などによって差があります。
白カビタイプのやわらかさを知りたい人は、原料乳に加えて熟成状態にも注目するとよいでしょう。反対に、硬いチーズを選ぶ場合は、薄く切って食べたいのか、削って使いたいのかという用途が、商品説明を読む手掛かりになります。「牛乳かどうか」を入口に、仕上がりへ目を移していくのです。
料理での代用は、原料乳が同じだけでは決まらない
レシピのチーズが手元にないとき、同じ牛乳製だから置き換えられる、と考えると失敗することがあります。水分、塩分、熟成状態、固め方などが違えば、加熱したときの溶け方や料理に加わる水分も変わるためです。
たとえば、料理の上で形を残したいのか、ソースになじませたいのか、仕上げに削って香りを添えたいのか。まず役割を考えると、代替候補を絞りやすくなります。チーズケーキでも、なめらかさを支える材料を粒状のチーズに替えれば、同じ分量でも食感は変わります。
牛乳の知識を料理に生かすとは、乳の種類だけで万能な代用品を探すことではありません。出来上がったチーズの水分や組織へつなげて考えることです。レシピに指定がある場合は、まずそのチーズを基準にし、別のものを使うときは水分や塩味の違いを確認しましょう。
買い物では、次のように情報を分けて読むと整理できます。
| 確かめること | 読み取れること |
|---|---|
| 原料乳の種類 | 牛乳製か、ほかの乳を使うか、混乳か |
| タイプと熟成状態 | みずみずしさ、組織、香りを考える手掛かり |
| 原料乳の処理に関する説明 | 未殺菌乳か殺菌乳かなど、製造前の扱い |
| 推奨される食べ方 | そのまま食べる、削る、加熱するなどの使い道 |
| 保存表示 | 手元の商品に必要な温度や取り扱い |
なお、家庭で保存するときには「牛乳製だから何日」という一律の基準はありません。商品の保存表示を優先し、開封したら清潔に扱い、早めに食べます。熟成期間が長いという説明を、開封後に同じ期間置いてよいという意味に読み替えないことも大切です。
まとめ|次のひとかけらを、乳からたどる

牛乳には、チーズの骨組みになるカゼイン、口当たりや風味に関わる脂肪、発酵の材料になる乳糖などが含まれています。その乳を固め、水分を調整し、必要に応じて熟成させることで、白い液体はさまざまな食べ物へ変わります。
違いは工房の中だけで生まれるのではありません。牛の品種や食事、季節が原料の出発点を変え、作り手がその性質に合わせて工程を選びます。それでも、原料乳の情報だけで、味や品質のすべてが決まるわけではありません。
次にチーズを選ぶときは、好きな一品の説明から、乳に関する言葉を一つ探してみてください。牛の品種でも、未殺菌乳という表示でも、季節の乳を使うという紹介でもかまいません。そして、その乳がどんな組織や食べ方へつながっているのかを見る。
いつものひとかけらを起点に、牧場と工房の仕事までたどることができます。
